
ピンポーン。
チャイムを押すと、すぐに扉が開いた。
「ミカさん!」
つむぎが満面の笑顔で飛び出してくる。以前より少し背が伸びたように見える。
「いらっしゃい!」尚子も後ろから顔を出した。
「こんにちは」
ミカが笑顔で花束とはちみつを差し出す。
「カフェの開店祝いです。」
「わぁ、素敵!どうもありがとう。だいぶ気が早いけどね」
尚子が少し驚いた様子で小さく笑った。けれどその表情はどこか嬉しそうだった。
家の中へ入ると、健司も待っていた。
「どうも。今日は僕もお客さん役です」
そう言って頭を下げる。
「お客さん役ですか?」
ミカが笑うと、
「いらっしゃいませ!」とつむぎが手書きのメニュー表を差し出してきた。
「ご注文はお決まりですか?」
スープランチ
サラダプレート
本日のおすすめ
色鉛筆で描かれたイラスト付き。
「じゃあ、本日のおすすめをお願いします」
「かしこまりました!」
つむぎは嬉しそうにキッチンに走っていった。
運ばれてきたランチプレートを見て、ミカは思わず声を上げた。
「あら!」

手紙に入っていた絵。あの色鉛筆で描かれたランチプレートが、そのまま目の前に現れたようだった。
大きなハンバーグ。
焼きたてのパン。
彩り豊かなサラダ。
具だくさんのスープ。
(全部好きなものだ)
「いただきます」
ハンバーグを一口食べる。思わず目を閉じる。
「おいしい〜」
サラダも好き。スープも好き。パンも好き。
理論では、人の家で出された料理が自分の好物ばかりだったら、自分の中のゴミが少なくなっている証拠だという。
「全部、大好物!最高です!」
ミカがそう言うと、尚子が嬉しそうに笑った。
「本当に?」
健司も笑う。
「それは良かった」

つむぎは学校のことを話し始めた。
「前より行けるようになったよ、休み時間はだいたい絵ばっかり描いてるけど」
つむぎは続けた。
「でも、どこにいても自分の好きなことを大事にしてれば大丈夫なんだってわかったの」
ミカは頷いた。
そして少し照れながらつむぎが打ち明ける。
「もしお母さんのお店ができたら、私も手伝いたいなって思ってる」
「うん」
「お店が繁盛するように勉強したいから、商業高校に行きたいなって」
つむぎは嬉しそうに笑った。
「ステキ!」
ミカは自然と笑顔になった。
その時だった。尚子がぽつりと口を開いた。
「少し前までね」
みんなが顔を向ける。
「私、ずっと『私がしっかりしなきゃ』って思ってたの」
テーブルの空気が少し静かになる。
「つむぎのこともそう。学校へ行けなくなった時も、この子を何とかしなきゃって思ってた」尚子は少し苦笑した。
「でも本当は、自分が不安だったのよね」
ミカは静かに頷く。
「このままで大丈夫なのかなって。将来困らないようにって言いながら、私の子育てが失敗しちゃったかなって。」
しばらく沈黙が流れた。
「だから、私が守らなきゃって思ってたの」
そう言って、つむぎを見る。
「でもね」
尚子は優しく笑った。
「ひびきの輪で『子どもたちは、もう新しい時代の感覚を持って生まれてきているから、大人が古い常識の正しさで子どもを導くんじゃなくて、その子が本来持っているものを信じてあげて』って言われて、つむぎの様子を見ているうちに気づいたの」
つむぎも顔を上げる。
「この子、私が思っていたよりずっとしっかりしてるなって」
つむぎが照れたように笑う。
「好きなことも分かってるし、自分で考える力もある」
「うん」
「弱い子だと思って守ろうとしてたけど、違ったのよね」
尚子は少し恥ずかしそうに続けた。
「それとね」健司を見る。
「私、健司のことも勘違いしてた。もっとちゃんとしてよって思ってた」
みんなが笑う。
「言うと思った」
健司も笑う。
「だって何も言わないんだもん」
尚子は少し肩をすくめた。
「でも、健司の言葉を聞こうとしてなかったのは、私だった」
健司は静かに首を振る。
「そんなことないよ」
「関心がなかったんじゃなくて、信じて見守ってくれてたんだよね」
健司は照れくさそうに笑った。
「まあな」
「結局ね」
尚子はお茶を一口飲んだ。
「私が勝手に余計な心配して、みんなに余計なおせっかいしようとしてた」
窓から柔らかな風が吹き込む。
「変わらなきゃいけなかったのは、私だったの」
ミカは静かに聞いている。
「本当はそれぞれ、自分の道をちゃんと歩いていたのよね」
尚子の表情は穏やかだった。
「私は良かれと思って、他人の道に入り込もうとしてた。信じて見守るって、何もしないってことじゃない。助けてって言われた時には手を貸す。でも、その人の人生を代わりに生きようとしない」尚子はそう言って、健司とつむぎ、それからミカを見た。
穏やかな笑顔だった。
「私も自分の道を歩けばいいんだって、それがひびきの輪でわかったの」
