皇の時代『この世界は、あなたに話しかけている』⑩ 未来への小さな約束

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静かな光を収めたクォンタム・ミラーが書斎の片隅で脈を休めると、場の空気は少し柔らぎ、自然に歓談の時間へと移っていった。
湯気を立てるお茶の香りと、手作りの菓子の甘さが心を緩めていく。

「さっきの本……」
カズオが口にしたのは、ずっと胸に引っかかっていたことだった。
「『自然農法の実践と精心』って題名でしたよね。あれ、僕、ずいぶん前に古本で見つけて持ってるんです」
その言葉に陽子の表情が一瞬和らぎ、驚きの色が混ざった。
「まあ……あの本を手にしたのね。あれは、夫が自費出版でほんの少数だけ世に出したものよ。手に取れる人は、本当に限られた人だったはず」
「そうでしたか……」
カズオは目を伏せ、両手で湯呑みを包み込む。
「偶然じゃないんですね」
「ええ、呼ばれたのよ。本と、そしてあなた自身が」
陽子はそう言って、まっすぐにカズオを見つめた。

会話はそのまま流れるように、宇宙農法の話題へと広がった。
アイは種や土のリズムに耳を傾ける方法を尋ね、ユウは昔から音なき音が自分には聞こえていたことを語り、ミカはみんなの話しをノートに走り書きしながら、時折うなずいた。
「春には、ぜひ畑を訪ねたいわ」
陽子は茶碗を置きながら、やさしい調子で言った。
「もっと具体的に、このクォンタム・ミラーと宇宙農法をどう響かせられるか、一緒に確かめましょう」
三人とカズオの目が、自然と輝いた。
「本当ですか……!」
「楽しみです」
「うん、絶対に」
陽子は微笑んで、付け加える。
「ただし、覚えておいてね。皇の時代は“楽しい”が一番大切。実験もね、深刻に取り組む必要はないの。遊ぶように、楽しみながら。だって、楽しむ心こそが一番のエネルギー源だから」
その言葉に、四人の心はふっと軽くなった。

やがて時間は流れ、夜の気配が窓辺に忍び寄るころ、彼らは席を立った。
玄関先まで見送ってくれる陽子の姿は、月明かりに照らされて柔らかく輝いていた。
「連絡を取り合いましょう。楽しみにしているわ」
「はい。ありがとうございます、陽子さん」
頭を下げた四人は、車へと乗り込んだ。
――エンジンがかかり、道路へ出る。
街灯が等間隔に光を落とし、静かな夜道を照らしていく。
「……すごい一日だったね」
最初に口を開いたのはミカだった。後部座席の窓に映る月を見ながら、どこか夢の続きを語るように。
「うん。あのクォンタム・ミラー、まだ信じられない。目の前で自分の周波数が見えるなんて」
ユウが静かに笑いを含んだ声で言うと、アイがすかさず返す。
「でも、見えたよね。私たち、それぞれの響きが。あれ、全部幻じゃない」
ハンドルを握るカズオは、言葉を探すように沈黙し、やがて吐き出す。
「……俺、あの本を手にしたとき、どうしてか惹かれてやまなかったんだ。理由もなく。ただ、これだ!って。今日、すべてがつながった気がする。」
アイはうなずき、言葉を重ねる。
「きっとお父さんが受け取る役割だったんだよ。その本も、畑も、宇宙農法も」
「でも、責任重大って感じじゃなくていいんだよね」
ミカが小さく笑った。
「陽子さんが言ってた。楽しくやることが一番だって」

「そうそう。深刻の言葉の意味は、容易ならない事態と受けとめて、深く思いわずらうこと。真剣とも全然違う。真剣は、物事に本気で真面目に取り組むことだもの。でも、楽しいって、心が満ち足りて充実感を得られる状態のこと。」
ユウの声は、穏やかな確信を帯びていた。

車内にしばし沈黙が訪れる。けれどその静けさは重くなく、胸の奥に温かな決意を宿すような、豊かな沈黙だった。

「春が待ち遠しいな」
カズオが前を見据えてつぶやくと、三人の笑みが重なった。
未来はまだ見えない。けれど確かに、ひと筋の光が進む道を照らしている。
窓の外、夜空に浮かぶ星々は静かに瞬いていた。
それは、ひとり一人が輝く皇の光と呼応するかのように、やわらかな響きを放っていた。

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