皇の時代の日々『日常に広がる光と響き』⑦蒼、風を感じる

共鳴小説
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会社の窓際の席から、蒼は何となく外を眺めていた。
曇り空に光が差し、ガラスに淡く反射する。
仕事のデータをまとめながら、彼の意識は別のところにあった。
「どうして、あの人だけいつも楽しそうなんだろう」
ミカの笑顔を思い浮かべると、胸の奥が少しざわつく。

蒼にとって、仕事は生計のためでも、夢のためでもない。
必要な分だけ稼ぎ、最低限の生活を整え、余計な関わりを避ける。
ワンルームの部屋、ネットとPCがあればそれで足りる。
人に合わせることも、競うことも、もううんざりしていた。
それでも、ミカの周りにだけは、何か柔らかい空気が流れている気がしてならなかった。

ある昼休み、噂でミカが退職することを知った。
「…そうなんだ」
胸の奥が、思いがけず痛んだ。
気づけば、ミカのデスクに近づいて彼女に声をかけていた。

「ミカさん、退職されるんですよね」
ミカは少し驚いたように振り返り、微笑んだ。

「突然でごめん。……ミカさんって、いつも楽しそうにしてたよね」
「え?」
「何があってもよかったとか言って、笑ってるというか。
 そういうの、いいなってずっと思ってて。
 なんで、そんなふうに楽しくできるのかなって、聞きたかった」

「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい」
ミカは穏やかに笑いながら言った。
「よかったら、明日のお昼、一緒にごはん行かない?
 その理由、少し話せるかもしれない」
「うん、ぜひ」そう返した瞬間、自分でも意外だった。
何かが心の奥でほどけるように、長く閉ざしていた扉が少しだけ開いた気がした。

自分からミカに声をかけたことに、いちばん驚いていたのは蒼自身だった。いつのまにか、心が先に動いていた。

蒼は少し照れたように笑った。

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翌日、近くのカフェで二人はランチを共にした。

彼女はバッグから『響環ZINE』と書かれた、手づくり感のある表紙の小冊子を差し出した。

「よかったら、読んでみて。時代が変わるって、実はすごく自然なことなんだよ」
ミカの瞳は穏やかで、どこか確信に満ちていた。その言葉が、なぜか心の奥にすとんと落ちた。

その日の夜、蒼は、自室のテーブルの上に広げた響環ZINEをじっと見つめていた。ページをめくる手は止まっているのに、胸の奥がザワザワと落ち着かない。文字のひとつひとつを理解しようと頭で考えるよりも先に、心が何かを感じ取っているような感覚。

「魂職……スピリチュアルか……?」
口の中でその言葉を転がす。
これまでの人生で、一度も意識したことのない響きだった。

蒼は平成生まれ。
頑張ることよりも、自分のペースで生きることを選ぶ世代。
人の顔色をうかがうのも、意味のない努力も、ずっと違和感があった。
上の世代の「こうすべき」「我慢が大事」という言葉には、どこか白けた気持ちでうなずいてきた。
──あの人達とは、そもそも人種が違ったのかもしれない?

ZINEのページには、ミカの丁寧な言葉が綴られていた。
「皇の時代は、好きなことを、楽しく、楽に生きること」

──好きなことを、楽しく、楽に。
そんな生き方が本当に許されるのだろうか。
けれど、その一文を読むうちに、心の奥で何かがほどけていく感覚があった。
支配から抜けて努力や比較を手放しても、ちゃんと生きていけるという世界。そこでは、誰もが自分のリズムで呼吸し、穏やかに笑って暮らしている。そんな世界が本当にあるのなら、自分もその中で生きてみたいと思った。

蒼はスマートフォンを手に取り、思わずメッセージを打っていた。

ミカさん、今日はありがとうございました。もらったZINEを読みました。正直、頭では理解できないところも多いけど、何かがチクチク動いた感じ。もしかして、今までの自分って、外から押しつけられたものだったのかも。

送信ボタンを押すと、すぐに返信が届いた。

「わかる。そのチクチクは、自分の本当の声に触れたサインかも。」

蒼は小さく笑った。
本当の声という言葉に、妙なリアリティがあった。
そういえば最近、何かにワクワクする感覚なんて忘れていた。
やらなければいけないこと、効率、安定……
そういうものをうまくこなすことが社会人だと思い込んでいた。

やるべきことばかり追いかけて、ちゃんと生きてるつもりでいた。それ意外のことを考える余裕なんてなかった。でも、このZINEを読んでちょっと思った。自由に選んでいいんだって。

「いいんだよ。皇の時代はね、誰かが正解をくれる時代じゃないから。
 まず、自分が自分の感覚に気づくことから始まる。
 小さな“これ好き”を大事にしていくと、自然に皇の世界の扉が開いていくかも🌈」

蒼は、ミカからのメッセージ何度も読み返した。

そこでは誰もが自分のペースで心地よく過ごし、日々の瞬間を楽しんでいる。
他人と比べたり、競い合ったりしなくてもいい。
皇の世界は、誰かがつくってくれるものではなく、自分の内側から創り出すものなのだ。

彼女は彼女が創った皇の世界にいるんだ。だから、ミカはいつも笑っていて、楽しそうだったのか。外の世界に理由を探さなくても、内側が整っているからこそ、あの笑顔は自然にあふれてくる光だった。

……そうなれたらいいな。
 いや、そういう自分になりたい。

「なろうよ😊」

その一言が、画面の向こうからふわりと光になって届いた気がした。
蒼の胸の奥に、静かで確かなあたたかさが灯った。

メッセージを見つめながら、蒼は深呼吸した。
部屋の窓を開けると、秋の風がふわりと流れ込み、カーテンを柔らかく揺らした。
ひんやりとした空気の中に、どこかあたたかい気配が混じっている。
手を伸ばすと、見えない風が指の間をすり抜けた。

カバンの中から手帳を取り出し、空白のページを開いた。
そこに「好きなこと」「やってみたいこと」と書き、項目を一つずつ埋めていく。
いつもTODOリストではなく、心が喜ぶリスト。
書くたびに、胸の奥で小さな風が吹くのを感じた。

「よし……少しずつ、やってみよう。」

静かな部屋の中で、その声が小さく響いた。
蒼の胸の奥では、もう一つの風が吹き始めていた。
祖の時代の重たい空気を抜け、
皇の時代の軽やかな流れへと、自分の内側が自然に溶けていくように。

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