祖と皇の綱引き「このままじゃ動けないからバランス取るのやめた」天縄文理論・皇の時代

皇の時代・天縄文理論
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ケツ(縄文)の時代から祖(弥生)の時代に変わる時には、戦いが好きな祖の神さまたちが攻め込んできた。戦いを好まないケツ神さまのは、二つの条件を出し国譲りを決心しました。出雲の国を巡り、天上界の神々が繰り広げた攻防が描かれた出雲の国譲りの神話は、ケツの時代から祖の時代に変わる時の様子を語り継いでいます。

では、祖から皇へと変わる今はどういう攻防が起きているのでしょう

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祖は最後まで力をゆるめず全力で壊れる

2024年3月18日の日記メモに「まだ、祖のエネルギーはあるぞ。祖は祖の役割があるから、それはわかってほしい」と書いてある。それは、祖と皇の綱引きで対等な力関係になったタイミングだった。

当時、さすが祖は手強い・・・全然、力をゆるめない、最後の最後まで全力なんだと感心していた。

2024年2月24日に皇が祖を逆転し、光が増えた[ストーリー] 

今までの祖の時代は坂道を車で登るような苦難の道のりだ。一瞬でも止まったら、坂道を転げ落ちてしまうので、ずっとアクセルを踏み続けるしかない。そして、祖の人はアクセルしか持っていない。ブレーキがないので、休むことができないのだ。スケジュールがびっちり埋まっているのも好きだ。

均衡していた祖と皇の綱引き

春分の日は、西洋占星術では1年の新たなサイクルの始まりで、エネルギーの転換期と言われている。

3月15日最終回『チ。地球の運動について』皇の時代的な天動説から地動説への切り替わりのタイミング[天縄文理論]

 

私の感覚としては、2025年の春分でそれぞれの道が決定され、進み出したら、もうあちら側には行けないのだとはっきりとした確信のようなものがある。スピリチュアルで言われている二極化や3次元地球or5次元地球の話とも重なる。

祖と皇の綱引きは、祖が海側の方へ引っ張り、皇が陸地側の方へ引っ張るような感じで行われているイメージが浮かぶ。祖は落ちていく方向へどんどん引っ張っていくのだから、それ以上引っ張ると勝っても海に落ちるよ!と思うのだが、祖の人たちは力をゆるめてはくれない。

できれば落ちてほしくはないから、できればこれからも一緒に新しい時代を生きてはいけないものか?と思うから、こちらも引っ張る手に力が入る。

「もう、こんな引っ張り合いはやめて、いっせーのでみんなが手を離そう」と叫んでも聞き入れてはくれない。だから、膠着状態でずっと身動きがとれない時期が続いていた。

その間に、少しでも一人でも、時代が変わること、新しい時代のルールで生きていくことを理解し、共に進んでくれる人を探していたようにも思う。でも・・・3月20日の春分を通過して考え方が変わった。

私が自由に動けないと感じているのであれば、私も相手の自由を奪っているのだ。もう手を離そう。

3月20日春分から膠着状態を脱出する

皇の時代では、こちらから見ていて「それ以上先に進むと危ない!落ちる!」と思っても、頼まれていないのに忠告や助言をするのは「おせっかい」になる。幸せになるのも不幸になるのも、その人自身の責任で、どんなに身近にいる人でも、その人の人生に干渉することはよくない。他人から見て、どんなに困難に見えても、不幸に思えても、本人にとってはそうではないかもしれないし、自然が本人に与えた貴重な気づきのチャンスを奪うことになるのが「おせっかい」だからだ。

自分の人生に他人を介入させない、他人の人生に介入しない。この「絶対的自由」が宇宙のルールで皇の時代に一番大事ということを思い出したのだ。

変化を望まない人や、受け入れられない人も多くいると感じていて(てか、、むしろ多い)、その人の変わらない自由を認めることが、私が変わることへの自由を許可するのだろうと感じたのだ。 綱引きもやめた。もう、ここから離れて歩き出そう、先に進もう。

綱から手を離し、新しい時代への道を歩く人が増えれば増えるほど、力を入れて引っ張っていた祖の人たちが海へと落ちていくのだろうけど、それが祖のゴールなのだと気がついたのだ

今まで邪魔されていたように思っていたけど、私も邪魔していたのだと気がついたのだ。

・・・今日はここまで。

皇の時代は思いで種を蒔く「自分の蒔いた種を自分で刈り取るだけ」天縄文理論 

X:ピース・ウーマン(@aIRJW4zvMaRGE4N私達はこの地球に住むみんなが 調和して、自分達が思う幸せであることを望んでいます。 それには地球という体験の場所を大切にする。 そして、そのためにこれから先もどんな事をしていけば良いのか知ること、そしてそれを伝えて行きます。

 

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